An Additinal Budget





罠にはめられたと気付いた時は、もう逃げ場はありませんでした。



脅迫まがいに「運営委員会庶務任命書」にサインと拇印を強要されてからしばらく。
今、運営委員会はやっと体制が整ってから初めて向かえる一大事に奔走している。
一大事、と言っても体育祭や文化祭ではない、すなわち部活・同好会等の予算を決める「予算会議」である。
地味に思える「一大事」かもしれないが、これは部や会の学校から与えられる活動費用決定のもので、この額によって活動の幅も変わってくるので当人たちにしてみれば、まさに「予算もぎ取り」の機会なのである。
しかし学校からの予算にも限りがある。この「予算会議」において運営委員会は「予算もぎ取り」の側ではなく、「予算振り分け」の側である。昨年度の部や会の働き・予算の使い方を考慮し、学校に大きな貢献をしたり、良い成績を残したり、見込みがありそうな団体には予算を増やし、逆の団体には減らす。その調整を行うのだ。

皐月は「庶務」と立て札のしてある、(そして何故か「委員長」の机と一番近い)立派な机に座って、目の前の書類の束と格闘していた。
そして格闘しつつもこっそりと、入り口にある「締め切り迫る!昨年度部費支出報告書および予算申請」と書いてある机に目を向けた。否、そこに座っている人物に。

「ねえねえ、神田君♪この交際費って何の交際〜?」

「ああ、それは他校のコーチを招く際に接待をですね・・・・」

運営委員会会計の藤 春日。
その凶悪的な可愛さで校内でも有名な男子生徒だ。
勿論皐月も外部生とはいえその存在を知っていた。
そして男4人という皐月にとっては最悪の運営委員会の中で、「彼なら怖くないかもしれない」という希望を持って彼を見ていたのだ。

皐月は元来まじめな性格で、不本意でも脅迫でも与えられ引き受けた仕事はちゃんとこなさなければいけないと自覚していた。(勿論迅はそれを見抜いていた)
それゆえ、運営委員会で庶務として働くためになんとか仕事がしやすいように、と努力はしていたつもりなのである。
しかし恐いものは恐い。そう簡単に男性恐怖症を克服できるわけもなく、皐月は与えられた仕事を黙々とこなすに留まっていたのである。

なんせ運営委員会副委員長の篁 鷹からは、
「男が恐いんですってね、男ばかりの運営委員会に入らされて胸中お察しします。
でも心配ありません、仕事さえキチンとやっていただければ苛める気はありませんので。」
とのっけから言われ、なら仕事をしなかったらどうなるのだ、という恐怖に囚われると共に彼の男性的な雰囲気に気圧されてしまった。

運営委員会書記の東條 亮に至っては、
「ああ、君が「校内1の男嫌い」の皐月ちゃんねー、大丈夫だよー、恐がらなくったって俺は優しい男だからさ〜、で、今度の週末は空いてる?」
と今まで皐月がこれまで会ったこともないくらいの軽さでデートに誘ってくる始末。
勿論皐月にはその独特の色気と男っぽさが恐怖を増進させた。

運営委員会の委員長の久遠 迅については論外だ。
彼が皐月の中では一番恐い。
先日追い詰められたときの容赦のなさ、腕の力、低い声。
そして全てを見透かされるようなあの瞳。
もう係わり合いになりたくないと心底思った。
運営委員会の活動があるたび、彼に会うことが、貫かれるような強い瞳で見つめられることが、何よりも恐かった。

そんな中運営委員会会計の藤 春日は男とは思えないくらい「男性」の要素が無かった。
自分よりも小さくて、ふわふわしてて、本当にマスコットのよう。
力だってそんなになさそうで声だって高い。
だから、彼となら自分の恐怖症も顔を出さずにいられるかも、と。



しかし、皐月はここ数日でそんな考えを持っていた自分が馬鹿だったことを痛感した。



今回の「予算会議」では、その中心的な役割をするのは勿論「会計」の彼になる。
各部・各会の代表者は彼に「昨年度部費支出報告書」を提出し、昨年度の支出を説明し、これに使っているから予算を増やしてくれという形で「予算申請」を出す。
彼が納得できれば、めでたく予算増額となるわけだ。
しかし、皐月はこのところの部・会の予算無駄使いに自分を除く運営委員会の面々が目をつけていたことを知っていた。
彼らは他の部・会の予算を減らそうとここ数日よからぬ相談をしていたのだ。

「ええ〜そぉなのぉ?部活のコーチに接待をするなんて聴いたこと無いよぉ〜。それも部費からなんてぇ〜。」

可愛い声で首をかしげて、体格のいい男子生徒に尋ねる春日。
その瞳に一欠けらの邪気さえないのが皐月には恐ろしい。

「そ、そうですか?結構あると思いますよ?」

きっと余裕で丸め込めると思っていたのであろう、「神田くん」がうろたえる。
皐月は彼が哀れでたまらなくなってきた。

「うぅ〜ん?あり得るのはぁ〜コーチについて来た生徒と一緒に親睦会とか言って飲みに行っちゃったりぃ〜?あぁ、でもこのことがバレたら理事会から神田君の部は活動停止になっちゃうよぉ〜。」

その事実をもう掴んでいるくせに推測っぽく言うところが何とも憎い(勿論悪い意味で)。
プラス運動部で実績のある部に対して「活動停止」という禁句を笑顔でいうところも。

「ま、待って下さい!そんなことした証拠なんてどこに・・・!」

「そうだよねぇ、神田君たちがそんなことするわけないよねぇ?ごめんね。じゃあねぇ、そのコーチを接待したときの領収書を見せて♪部費で付けたなら当然あるよねぇ?」

笑顔で「当然」の部分を強調したように聞こえるのは気のせいだろうか?
皐月は敢えて深く考えないようにした。

「・・・つ、つい忘れて・・・」

「そっかぁ、でもしょうがないよね、人間だから忘れることもあるよね?じゃあ今ぁ此処でぇそのコーチに確認するからぁ、どこの何ていうコーチか教えて♪」

「・・・・・えっと」

「あ、わからない?じゃあ2分あげるから、それ迄じっくり考えてね?」

・・・つまり身の振り方を決めろ、と。
結果2分も考えずに神田君は可愛い笑顔の春日に「じゃあこの予算でいいよね?」と昨年より3割ほど減らされた予算決定通知にサインをさせられていた。

同じ手で予算を大幅に減らされた部・会をいくつも見てきた皐月は、春日に変な期待をした自分を心底呪った。
いくら男の要素がなくても、ねちねちと笑顔で首を絞められるような目に会いたくは無い。

皐月は予算申請の代表者が独りもいなくなった本部の教室で、男4人と一緒に、それも極めて苦手な部類の性悪な4人と、これからも活動しなければならない事実を改めて自覚して本気で気分が悪くなった。