An Additinal Budget





彼女を堕とすにはそれなりの準備が要る。

もう、それは揃った。



「瀬波さん、顔色が悪いよ。」

春日の外見に似合わぬ性悪な面を改めて突きつけられて、蒼白になっていた皐月に右隣から声がかかった。

庶務である皐月に一番近い席にある、一際大きな机。
生徒主体の精神であるこの学校の頂点に立つ、その証。
運営委員会委員長の肩書きを持つ男。

「大丈夫?なにか冷たい飲み物でも飲む?」

優雅な所作で立ち上がり、なぜか備え付けてある冷蔵庫の方へ歩んでいく。

柔らかい口調に爽やかな笑顔、流れるような所作。
皐月はこの「委員長」が女子から絶大な人気を得ていることを知っていた。
端正な容姿に明晰な頭脳、優雅な物腰に家は押しも押されぬ名家だとか、加えてフェミニストとくれば人気が無いほうがおかしいが、当然男嫌いの皐月は興味は無かった。

それに、自分はもう気付いてしまった。

あの、追い詰められたときの瞳。
嘲るような口調。
フェミニスト?笑わせないで欲しい。

この「委員長」という一面は、彼の被っている道化の仮面なのだ。

「おや、困りましたね。」

戦々恐々としながら迅の動作を眺めていた皐月は、冷蔵庫を覗き込みながら困惑した迅の声にハッと我に返った。

「ど〜したの〜?」

ウキウキと電卓を叩いて、先ほどの部のカット予算を計算していた春日が目ざとく声をかける。
同じく作業していた鷹と亮も迅の方へ目を向けていた。

「どうやらここの所忙しかったようで、飲み物のストックがなくなったみたいですね。」

委員会メンバーに見えるように、迅が冷蔵庫の中を見せる。
いつもならメンバー内の手の空いている者が纏め買いして入れておくのだが、そこには来客用の菓子類は入っているのものの、常ならぎっしりと入っているはずの、好みの激しい委員会メンバーの要望にこたえられるだけの飲み物がなかった。

「わ、私は別に飲み物なんて・・・・」

迅が冷蔵庫に向かった理由が、自分に飲み物を、ということだったのを思い出し、皐月は慌てて答える。


「えぇ〜、僕も飲みたかったのにぃ〜」

「僕もアイスコーヒーが欲しかったところなんですがね・・・」

「俺も喉かわいたなー」


春日、鷹、亮が立て続けに口にする。
そこで咄嗟に皐月はひらめいた。ここで買い物に行けば、あと小1時間あまり残っている活動時間をつぶせるではないか!

「じゃ、じゃあ私買いに行ってきます!」

皐月としては1分1秒たりとも男に囲まれていたくはない。
何より一挙一動を探るような視線で見てくる迅が嫌なのだ。

「でも、具合の悪そうな瀬波さんを行かせるわけには・・・」

さも心配そうな顔で迅が止める。

「いえ、全然平気ですので。」

にべも無く答える。
皐月としては迅と一緒にいるほうが、というよりもこの教室にいるほうが具合が悪くなるというものだ。

「じゃあ一緒に行きますよ。」

「結構です。」

重ねて言う迅に皐月は即答する。
そんなのこの教室にいるよりも性質が悪いではないか。
皐月の返答に困ったような顔を見せる迅だが、隙を見せてはいけない、彼は危険なのだ。

そんな様子を他の3人は無言で見つめる。
しかし、一瞬だけ迅とそれぞれの視線が絡み合ったことを皐月は知らない。

迅を無視して、皐月は他メンバーに注文を聞く。

「で、何買ってくればいいんですか?」

「ええ〜とねぇ〜、僕はオレンジジュース!あ、ストックがないから2リットルのね♪」

「僕はアイスコーヒーを。申し訳ありませんが僕のも大容量のでお願いします。」

「俺はなー、う〜ん、酒と言いたい所だが、ポカリにしとくかー。勿論でかいので頼む。」

次々と注文を受けて、皐月は固まった。
まあ、大体彼らがいつも飲んでいるものなので予想は付いていたのだが。
2リットル?大容量?

「どうしようもないですね、そんなに頼んだら瀬波さんが大変でしょう?」

抜け抜けとそう言いながら、迅は「俺はミネラルウォーターがいいんですが。」などと呟く。
勿論経費面で考えても2リットの方が安いんですが・・・と。

2リットル×4=8リットル?

男子や運動部の女子ならともかく、お世辞にも力があるとは言えない皐月には結構な量だ。
ここで皐月には流れが読めてきた。

これは罠だ。

「まかせてくだ・・・・!」

「そんな量じゃ瀬波さんには辛いでしょう?やっぱり俺も一緒に行きますよ。」

気付いたときには時遅し。
皐月は自分がまんまと迅の罠に、否委員会メンバーの罠に嵌ったことを自覚した。

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委員長と庶務のいなくなった教室で、副委員長と会計と書記は、涼しい顔で敢えて隠しておいたそれぞれの飲み物を片手にしていた。


「ねぇ、皐月ちゃん大丈夫かなあ?」

「最近彼女の警戒心が強くて迅が焦れていましたからね。少しは手を出すのでは?」

「皐月ちゃんも可哀想に・・・・罠だと気付くのが遅すぎたな。」


皐月は相当頭が切れる。ゆえに迅に対しての警戒も怠らないし、自分の身の危険を察知することに対しても対処が早い。しかし・・・・

「迅くんの罠は用意周到だからねぇ〜」

「相手が悪すぎますね。」

「それにしてもここまでするかーアイツ」

亮は春日の机からぺらリと一枚の紙を取り、ヒラヒラと眺める。
そこには題はなく、ズラズラと並べ立てられた数字が。

題のない非公式の書類が示す数字は、今年度のカット予算の総計である。

「結構な額になってるよぉ〜、」

「準備万端ってとこですね。」

「早速この予算を使うわけかー」

そう、カットした予算は迅いわく、対皐月用のもの。
いわゆる運営委員会の『別枠の予算』だった。


まさかストックを隠してるとまでは気付かないだろう・・・・と3人は好みの飲み物を飲みながら
それぞれ喉を潤すのだった。