注意!


これは本編より約一年経過した未来設定です。

番外編になりますので、

そういうものを好まない方、
本編のイメージを崩したくない方
本編途中での未来話を読みたくない方

は、このままお戻りください。

そのでも良い方は

































春の嵐なんて大嫌い。

だって折角一生懸命に咲いている桜を、あっという間に散らすんだもの。

どうかこの吹き荒れる風が、淡い色の儚い花弁を浚って行きませんように。

大木から降ってくる桜吹雪の中、少女はただそれだけを願っていた。






シトシトシト。
優しい霧雨が地上に降り注ぐ、聖域たる校庭で。




「こんな所で何やってるの、皐月」




学生服を着た、背の高い人物が大きな桜の木から少し離れた場所で声をあげた。

4月の、もう寒さなんてどこにも見当たらない時期。
生き急ぐように早咲きしてしまった学校の校庭の桜の木の下。
気紛れに吹く風と其の風に揺られて方向を変える霧雨。
そんな中で、桜が散ってゆく様を木の真下でジッと見つめていた少女は、その声にハッと目線を移した。

「久遠委員長・・・・・・」

パリッとした真新しい制服に身を包んだ久遠 迅は、秀麗な顔をほんの少しだけ歪ませた。
後輩たちが中等部から高等部へ移る際の新入生歓迎会が終わった途端、いなくなったと思って探していたら或る意味死角的なこんなところに立っていた。
ようやく見つけたと思ったら、以前から再三禁止しているはずの「苗字+役職」呼称。
花びらの舞う中、無造作に突っ立っている少女の反応に、「冷静で賢く、見目麗しい」と評判の運営委員長は細く息をついた。

「その桜は、もう花見をするのには時期がずれているよ。」

それにいくら霧雨とはいえ、そんな中を無防備に突っ立っていて、風邪でも引いたらどうすると言うのだ。
早く雨の当たらないところへ行こう、と言っているのに、少女はまったく言うことを聞かない。

「花見じゃないもん、散華見だもん。」
それに霧雨くらい、濡れても平気だもん。

迅が内心ハラハラしているにもかかわらず皐月は気にした様子もなく、桜の下で散ってる淡い花弁に見惚れている。
くるくるくる。
少女は木の周りを軽やかに回った。
濃紺のブレザーの肩口や少女の形のいい頭にヒラヒラと小さなピンクが舞い落ちる。
一面の桜吹雪の中、一秒一秒時間が進むにつれて淡い色彩に少女が同化していく様を、迅は心配そうな目で食い入るように見つめていた。

幻想的な桜散る様。
そこに踊る美しい少女。
風の音と雨の音しか聞こえない、静寂の音階。
ただただ降り積もる、薄く儚い桃色の床。
水気を含んで、それは常よりも一層鮮明に色づいている。

そこだけを現実世界から切り取ったような異空間を目に焼き付けるように。
迅はそれを凝視した。
できれば強引にその細い腕を掴んで、こちらの世界に引きずりたいけれど。
叶うならその華奢な体を抱きしめて、自分しか見れないようにしたいけれど。
でも・・・・・・・彼女が笑ってる、自分には警戒しかしない彼女が。
これ以上ないほど、無邪気に、綺麗に微笑んで、自分の双眸に映ってる。
それだけで、もう。





「わわ、花びらが口の中に・・・・!」

唐突に少女が優美な回転を止めて、立ち止まった。
ハッと我に返った迅は、幾分長い足を動かして少女の方へ歩み寄った。

コクン。
皐月の喉が上下した。

「・・・・・食べちゃった・・・・・」

目をまんまるくして少女が、自分の胸元に手を添える。
まるで飲み込んだ桜の花びらが、その体内で留まっているかのように。

アタフタと可愛らしいしぐさで、皐月は苦さを消すために大きく深呼吸する。
そんな光景を迅は目を細めて眺めていた。





「ほら、もう教室に帰るよ。」

これから一年生への各委員会への引継ぎが控えている。
委員長の自分は勿論その場にいなくては話にならないが、庶務の皐月もいないときつい。

「わかりましたー。でも、ちょっと待って。
うわー、桜だらけだよー。」


はっぱと制服の肩やらスカートに付いた桃色を落してゆく。
しかし、背中に流した少し茶色がかったフワフワの長い髪に絡みついた花弁まではとれない。

「ねえ、まだ付いてる?」

「まだ髪の毛やら首筋についてるよ、あんなに桜の下にいたから。」

「え。ど、どこどこ?」

「・・・・・・教えない。」

迅は誰もが骨抜きになるような、甘い笑みを浮かべた。
その顔に、皐月は自分の顔が引きつるのを感じた。

一筋縄では行かないこの男。

「取ってあげようか?」

表面だけ見れば、それはそれは麗しい微笑に身震いがする。

「それとも、桜だらけで委員会に戻る?」

まぁそれもいいんじゃない?

と微笑を伴いながら、どこか嬉しそうに迅は笑う。
皐月はそれを実行したときのことを想像して、冷や汗が流れた。


皐月は自分よりも「大きい存在」というものが嫌いだ。
というよりも、「自分には理解できないもの=男」が苦手なのである。

冗談じゃない。
そんななりで委員会に行ったら、他のメンバーに何をされることやら。
きっと目の前の人物と同じ「桜の花びらを取る」という理由で触られまくるに決まっている。
・・・・・決してやらしい意味の「触る」ではないにしても・・・・・・。
3、4人が束になって自分の花びらを一斉に取ることを考えたら、目の前の男一人に取ってもらったほうが数倍もマシに決まっている。
少なくとも、迅は他のメンバーよりは・・・・・・まぁ、ななな慣れている?
皐月は不承不承ながらも、迅の提案を受け入れることにした。


「は、花びらだけ取って。他のところ触ったら痴漢で訴えてやるんだから!!」

「わかってるよ。」

迅は嬉しそうに、皐月に向かって歩を進め、長い右腕を皐月に向かって伸ばした。
皐月は思わず、反射的に身をすくめた。

「いい加減、慣れてくれません?」

頭上からクスリ、と微かに笑う気配がしたけれど、そんなことはどうでもいい。



自分にはあり得ない、結構細いのにそれでもしっかりした体。
自分の手より一回りも大きいだろうちょっと骨ばった手。
自分には持ちえない、その圧倒的な存在感。
何か企んでいるとわかっているのに、惹かれてしまう笑顔。

迅は風だ。
一生懸命、力を振り絞ってそのままの自分を咲かせていようと努力しているのに、気紛れに自分の心を散らせる。
ずるい。ずるい。ずるい。



「ああ、首筋についてるね、取ってあげるよ。」

「え・・・・!!ちょ、ちょっと!!」


いつの間にか桜の大木に体を押し付けられている。
吸い付くように首筋に顔を埋めてきた迅。
押し当てられた唇が、意外に冷たいことにヒヤリとした。

触れた一瞬の後、迅が至近距離でコクリと喉を嚥下させた。

「ご馳走様」

ニヤリと微笑んで、スタスタともと来た道を戻り始める。

「ちょっ、ちょっとー!何よ、ご馳走様ってー!」

「え?桜の花びらだけど?」

「・・・・・・・っ!」




花びらを散らす優しい風が、少女の願いを聞き入れたかは・・・・・彼女のみ知る。