Sweet Theat




人間、天敵に弱みを知られようならば、その勝負は諦めた方がいい。

特に相手が自分よりも遥かに優位な位置にいるのなら、早い方がいいだろう。

・・・・・・きっと、どう足掻いても、それに屈することになるのだから。




【光陵高校生徒手帳より、一部抜粋。】

《運営・執行・監査の3組織についての取り決め》




◇人員構成の条件
・ 各組織の人員についての選別は、成績・特技・人格を考慮したうえでの、各組織の委員長・部長・会長の指名制とする。(よって人数制限も任意とする。)
・ 構成においての決定に際しては、必ず本人の了承を必要とする。
・ いかなる事情があったとしても、各組織の兼任は認めない。

◇人員構成決定の期限
・ 3組織とも4月の末日17:00までとし、これ以降の変更・追加は一切認めない。

上記の記載から違反・逸脱し決定した事項は無効となり、その拘束力を失うこととする。


・・・以上の事柄を踏まえ、校内の中枢を担う役割を自覚し、心して活動に励むこと。





【4月30日 15:52 4F端 空教室】


「はあっ、はあっ」

人気のない廊下に、苦しげな息遣いが響いていた。

ガラリ。

4階の一番端に位置する、用途の求められなかった空教室。
長く引かれていなかったであろう、その入り口を勢いよく開けた少女が一人。

(ここなら・・・・・きっと見つからないはず・・・・・)

運動神経が著しく発達していないため、ここまで全力で走るだけでも膝ががくがくする。
最後の力を振り絞って、少女はそろそろと後ろ手で教室の扉を閉めた。
ズルズルと扉に背中を貼り付けたまま、床にへたり込む。

(今日・・・・今日さえ乗り切れば・・・・・)

ハァハァと赤い唇で、胸を上下させて荒い呼吸を繰り返す。
薄暗い教室を疲労のためか、いささかボンヤリと少女は見回した。
無造作に不良品と判断された、面が凸凹の机や、塗装のはがれた椅子が目に入る。
少女は体を回復させるため、一番近くにある錆びれたパイプ椅子にぐったりと腰掛けた。

ギシリ、と悲鳴を上げる細い鉄パイプ。

そこに力なく投げ出された、折れそうに細い手足。
サラリと音をたてて、椅子の背もたれに流れるふわふわした薄茶の髪の毛。
薄闇でも冴え返る白人のような白皙の皮膚。
そして、だるそうに半分閉じられた瞳は黒曜石のように煌々と黒く。

一目彼女を見れば、その容姿に誰もが見入る。
圧倒的な美からではない、そのアンバランスさ故に。
『日本人形とビスクドールを足して2で割ったような』と評される少女の名を瀬波 皐月(せなみ さつき)と言う。






【4月30日 16:02 2F運営委員会本部】


「タイムリミットまで、あと1時間切ったよー?迅くーん。」

チッチッチッ。規則的に、かつ無機質な音を立てながら動く時計の針。
学校と言う場に立てかけてあるのには、いささか絢爛豪華なそれを横目でチラリと垣間見た人物は、自らの少々幼い印象を受ける声を発させた。
その小さな体を幾分大きめのデスクに埋もれさせ、愛らしいクルクルした瞳と意識を、手に持った電卓の数字から「迅くーん」に移す。
可愛らしい外見とは裏腹に、数字には滅法強く、数学をやらせれば校内一の成績を収めている運営委員会会計である。


「いいんですか?迅。
いくら何でも、生徒手帳に定められた期限を延ばすことはできませんよ。」

先の声に呼応して、今度は教室の廊下側から生真面目な性質を伺わせる声がした。
こちらは、手には大量の書類を抱えて、その一枚一枚を物凄いスピードで区分けしている。
その容貌は、声から伺える人物像を裏切らず、端正な顔に掛けられた縁なしの眼鏡が、真面目な印象をさらに強めていた。
運営委員会副委員長であり、校内模試で常に次席をキープしている頭脳の持ち主でもある。
眼鏡越しに問いかけるその瞳は、斬り付けるようなある種の鋭さを伴っており、瞳の動きだけで誰に警告を促しているかは明らかであった。


「大丈夫なのかよ。なんと言っても、男嫌いで有名だからよー。
あの子きっとどっかに隠れてるぜ?」

ケケケ、とどこかからかうような響きを持つ声は、窓際から。
大きく切られた窓を全開に開け放って、その縁に片方の足を折り曲げて乗せ、世間的にはあまり誉められない格好で腰掛けている。
膝の上には持ち運びに適したノートパソコンを乗せ、視線をその画面から外しても指は絶え間なくキーボードを叩いている。
情報関係を扱ったら右に出る者はいない、運営委員会書記である。
面白そうな顔を浮かべるその顔は、どことなく甘く、どんな格好をしていても風景が彼に合わせようとするような、そんな雰囲気があった。




「そろそろ行くよ。」




そして、それぞれ個性的な声を向けられた人物は、その部屋の中央に位置していた。
スラリと伸びた長身に、漆黒の髪がサラサラと風を受けて揺れる。
顔のバランス、体付き、その全てが完成された作品のように整っている容貌。
形の良い唇の端を、ツッと持ち上げて、3人から意見を促された人物―あらゆる意味において、校内では知らないものはいない現運営委員会委員長、久遠 迅(くどう じん)は、今まで見つめていた携帯電話のメールの受信画面から視線を外し、それをパチンと閉じた。

「どうやら我らがお姫様は4Fの空教室においでらしい。迎えに行って来るよ。」

にっこりと微笑んで、己に声を掛けた3人に向かって迅は告げた。
その笑顔は校内の女子からは「優しそう」やら「穏やか」などという印象を受け、実際そう認識している女生徒が大半を占めるものの、付き合いの深い3人はそれが必ずしも印象通りではないことを知っていた。
そしておそらくこの場にいたのなら、今日までさんざんこの人物に追い回された、かの少女もそれを認識出来ていただろう。
哀しきことにこの場にはいないのだが・・・・・。


「頑張ってね、迅!皐月ちゃんGETだよ!!」

無邪気な声で声援を送り、迅に向かってバイバイと手を振っているものの、言っていることは火に油状態であるのは運営委員会会計、またの名を藤 春日(ふじ かすが)。
念のため記しておくが、正真正銘男である。


「この書類に、本人のサインと親指の拇印が必要なことをお忘れなく。」

無表情で「運営委員会庶務任命書」と書かれた書類を、自分の横を通り過ぎようとする迅に渡すのは運営委員会副委員長、またの名を篁 鷹(たかむら よう)。
すでに庶務の仕事の書類を用意しているのは言わずもがな。


「あんま乱暴なことすんなよ〜。女の子なんだからさ〜。」

間延びした声で、ニヤニヤしながら声を掛けるのは運営委員会書記、またの名を東條 亮(とうじょう りょう)。
ポケットに手を入れて紙を取り出し、自分の携帯番号など書いている。
その紙がこれから迅が向かう先の少女に渡すつもりのものというのは明白である。




「了解。」




後姿のまま呟いて、迅は運営委員会本部を後にしたのだった。